1968.11.国土社刊
水曜日の午後二時、ママはクッキング・スクールへいっていて、一時間もるすだった。家にはだれもいない。
トランジスタ・ラジオを、電話のあるダイニング・キッチンのテーブルにのせたマコトは、もう二十分以上も、電話のダイヤルをまわしていた。
“なんでもこたえます”のSG放送局の専用電話の番号だ。
「100の1001」
電話のうけつけ時間は、刻こくとすぎていく。マコトの右のひとさし指は、ダイヤル盤のよごれがついて、つめの横がまっくろになってしまっていた。
“電話って、いがいによごれているんだな”
そんなことを感心していたうちは、まだよかった。放送がはじまったばかりで、もうしこみがこんでいるのだとおもっていた。それが、
「100の1001……」
トルルルルルル。なん十回めかに、
「かかった」
マコトは、まだ、あいてが受話器をとりあげないうちに、
「もしもし、あのね、もしもし」
あわててよんだ。ところが、
カタリ、
あいてはたしかに受話器をとるのだが……まるで、電話のむこうは、空気さえもないように、しんとしてしまっているのだ。
「もしもし、もしもし、SG放送局の“なんでもこたえます”でしょう? きこえないの?」
マコトは耳をすませた。けれども、まるで、ながいながい電話線が、空中のどこかで、ぷつんときれて、風にゆれているように、こたえはなかった。
「だれもいないの、ねえ、もしもし、もしもし」
そのとき、とつぜんマコトの耳に、ささやくような声がした。
「……こちらはUSG USG どちらへつなぎますか」
「ちぇっ」
マコトはしたうちをした。
「あのね、USGじゃなくて、SG放送でしょう。ちゃんとかけているんだよ。“なんでもこたえます”の係りへおねがいします」
「………」
マコトは、受話器をしっかり耳にあてていた。
だか、電話のむこうは、また、おもちゃの電話をじっと耳にあてているように、なんの音もしないのだ。
「もしもし、もしもし、100の1001でしょう、ねえ」
ガチャ ガチャ ガチャ、
マコトは、らんぼうに電話をたたいた。
「……こちらは、USG USG」
「わかってるよォ」
こんなはずはない。“なんでもこたえます”は、電話がかかると、すぐに、司会者が、
「はい、こちら“なんでもこたえます”」
と、くることになっている。
「ちぇっ」
マコトは電話をきろうとした。すると、またきこえた。
「……あなたのナンバーをおしらせください」
「ゼロゼロ・マイナス・キューだァ」
マコトはでたらめをいうと、受話器をらんぼうにかけた。
時計をみる……放送時間は、あと三分。トランジスタ・ラジオは、どこかの、だれかの最後の質問にこたえるコジマ先生の声をながしていた。
「わかった? アサイくん。わかった? 光よりもね、速いものは、ないんだけどね、もしも、もしもね、あると考えたら、そういうことも、あるかもしれないの。
きみが、その、光より速いもの――正確にいうとね、光の速度にちかい速さののりものでいいんだ――それにのって、宇宙へいって、かえってきたら、ウラシマ・タロウみたいに、地球の人たちは年をとって、もう死んでしまっている人もある、そういうことが、考えられるっていうこと。
光みたいに速いものは、ないんだから、ほんとうは、ありえないことなんだけどね。わかった? ん、じゃ、さよなら」
「ふーん」
なんとなくきいていたマコトは、ちょっとふしぎなきもちになっていた。
まて! もしかすると……。
ウラシマ・タロウのお話は、お話じゃなくて、ほんとのことだったのかもしれないぞ。
どこかの遊星の、光のように速い宇宙船に、ミスター・ウラシマがのったと考えたらどうか。人間が空をとぶなんて、考えられもしなかった時代だ。空を海にたとえる……。
「それは海の中にたっている城のようだった」
これをきいた村の人たちは、びっくりした。
「海の中の城なら竜の王さまがすんでいる城だろう。なににのっていったのか? 船か」
「カメのようなかたちの……」
「ふむ、それはウミガメだ」
「ウミガメなんかじゃあなかった」
「……おまえは、ぼーっとしていたんだ。海の底ふかくもぐれるものなら、ウミガメにきまっている、そうだろうが……」
かわいそうな、ウラシマ・タロウ。だれにも、信じられなかったのだ。そのとき、ぼくがいたら、ぼくだけは信じてやったのに。
マコトはトランジスタ・ラジオを、じっとみつめていた。
そのころ、ラジオ一つもっていたとしても大さわぎになっただろう。それだけで、きっと大金持ちになれたろう。
「でも、まてよ、ラジオをもっていたって、放送局がなくちゃあだめだ。放送局だ!」
マコトがそこまで考えて、電話をにらみつけたときだ。
ジリリリン、電話のベルがなった。
「もしもし、フルタです」
受話器を耳にあてたマコトは、はっとした。
「……そちら、ゼロゼロ・マイナス・キュー。ゼロゼロ・マイナス・キュー」
マコトはとっさにいった。
「USG?」
「……マイナス・キュー、しばらく待機してください」
かすれたような、ささやくような声。女……でもない、子ども……でもない。こんな声はきいたことがない。まるで、物と物が、こすれたり、はじかれたりしたときにおこる……。
“音だ。なにかでつくった機械の声だ。
いったいなんのいたずらだ。ゼロゼロ・マイナス・キューだって? へんだ”
マコトは電話をきろうとした。
マコトの家の電話番号は、そんな番号じゃない。いくらSG放送局に電話かけてもかけても、ちっともつうじないものだから、しゃくにさわって、マコトはでたらめをいってやったのだ。
そのなのに! あいては、その番号で、ちゃんと、マコトのところに電話かけてきた。
USG、USGって、いったいなんなんだろう。
マコトはきろうとした電話の受話器を、そっと耳にあてた。
“しばらく待機してください”そのままでまて、ということだ。だから、まっていれば、またきっと、なにかいう。そうすれば、もうすこし、なにかがわかるはずだ。
マコトはじっと耳をすませた。
二分四十五秒……受話器からは、ことりという音もしない。
三分三十秒をまわる……きれちゃったんじゃないだろうか。いたずらかな? 手のこんだ……。
マコトがそうおもったのも、むりはない。けれどやがて四分になろうとしたとき、きゅうに、なにかがまわりはじめるかすかな音がつたわってきた。
録音テープだ――。
マコトはごくりとつばをのみこんだ。
「USG、USG、指令。マイナス・7プランを遂行せよ」
さっきの声とはちがう。これはゆっくりとした男の人の声だ。
「くりかえす。マイナス・7プランを遂行せよ。おわり」
すいこうって、なんだ? なにかやることか? なにを!
テープのまわる音が、きれた。それにかわって、機械の声が、やさしくマコトの耳にとびこんできた。
「ガーデン・パーク、世界の花てんらん会場です。よろしく」
「ガーデン・パーク? ガーデン・パークって、もしもし」
電話はきれた。
「それだけじゃわからないよ。いったいどこの……あ、そうか」
ガーデン・パークなら、マコトの家からバスで二つめの私鉄の経営の遊園地のことじゃないか。そういえば、いま、世界の花のてんらん会をやっているって、ママがいっていた。マコトも、なんべんもあそびにいったことがある。モノレールがある。小さい子どものすきな直径二十メートルものゴンドラが、銀色のモノレールのむこうにみえる。そのゴンドラの下の広場には、ゴーカートがあるし、大西部というゲーム場がある。
そこでいったい、なにをしろっていうのだろう。
「わるくないぞ」
マコトは、とにかくいってみることにした。受話器をおくと、ママからあずかったお金をもって、庭へでた。そして、ふっと気がついた。ひとりではきけんだ。こういうときは、こんなふうに考えなければだめだ。おちついている! そうだ、クリッパーを、つれていこうか。
マコトは、犬小屋からのこのことでてきて、しっぽをプルプルふっているクリッパーを、ちょっとみた。
でも、クリッパーより、なかよしのカズトのほうがたのみになる。なにしろクリッパーときたら、外へつれてでたらさいご、ただ走りまわるだけなんだ。
ササキ・カズトは、しぶい顔をしてピアノのけいこをしていた。あと十五分、ピアノの上の時計が三時にならなければ、ピアノのまえをはなれることができない。
カズトはべつに、作曲家になるつもりもなかったし、ピアノの先生になる気もない。小学校にあがったとき、おかあさんがピアノを買ったばっかりに、いやでも毎日、三十分はけいこしなくてはならなかった。ピアノはおかあさんの趣味で買ったのだ。だから、おかあさんがけいこすればいいのだ。それだのに、カズトがそう忠告すると、おかあさんはきまって、こういうのだ。
「もうむりよ。指がかたくなっちゃってるから。それよりね、おかあさん、こうやって、あみものかなんかしながら、カズトがひくピアノをきいているほうが、ずっとゆたかでいいわ。おかあさんのしあわせって、そういうものよ」
まったく、めいわくなしあわせだとカズトはおもっている。しあわせなんて、人にムードをだしてもらうことじゃないとおもう。そうだ。そうだ。カズトが口をとがらせているところへ、マコトがやってきた。
「おかあさん、あと十分ピアノの時間があるんだけどさ、いいでしょ、かえってきてからのこりの十分やるからさ」
カズトはくつをはきながらいった。
「暗くならないうちにかえるのよ、あ、ぼうしは」
「いいよ」
「マコトくんもかぶっているじゃない、ちゃんとかぶっていきなさい」
「おい、いこうよ」
カズトは、ふりむきもしないでマコトよりさきに、門からとびだした。
マコトは、カズトのぼうしを片手にもったカズトのおかあさんに、ぺこんとおじぎをした。
――2――
ガーデン・パークは幼稚園の子どもと、そのママたちでいっぱいだった。
子どもたちは、モノレールにのって、のりものの国へいくところだった。
モノレールのり場のまえの、スミレの花を植えこんだ花時計のまわりに、子どもたちはあつまってさわいでいた。花時計が白い細い三角形の短針と、棒のような長針がくっきりとした直角をつくるのをまっているらしい。
「ほら、はやくいらっしゃい、モノレールがくるわよ」
だれかのママがいうと、ちょっと、モノレールのほうをみる子がいる。
「ママ、いくときよんでね」
べつの子が、べつのママにいった。
「あ、三時! おやつの時間」
子どもたちがいっせいに声をあげた。
「ママ、おやつの時間の三時」
たくさんのママも、子どもたちも、みんなにこにこわらっていた。
「べつに、あやしいことなんて、ないじゃないか」
カズトがいった。
「………」
「ちぇっ、つまらないの」
「ねえ、ぼくたちもいってみようか、のりものの国へさ」
「………」
マコトは、あたたかい日がいっぱいふりそそいでいるモノレールのり場の広場をみまわしていた。
花時計を中心にして、右側にモノレールのホームにあがる階段。レールはすぐに大きくカーブして、のりものの国の入口の森にかくれている。そして、その森の上に、いまは、日ざしをうけて、銀色にひかりながらまわっているゴンドラの鉄骨がみえる。
左手は、ゆるやかなひろい石のだんだんをのぼって、バラ園へ――そのむこうがプールと花のてんらん会場になっているはずだ。
そして、うしろ、不満そうなカズトと、マコトのうしろが、ガーデン・パークのゲイト。ゲイトの外には、子どもたちがのってきた貸切バスと、パークを終点にしているバスが、なん台か、いったりきたりしているのだ。
いま、マコトがながめた範囲では、たしかにあやしいことはひとつもない。みんなゆっくりと、歩いたり、たちどまったり、ベンチにすわったりしている。
その日の、てんらん会場は、アメリカの家、フランスの家、ドイツの家、スイスの家というふうに、おとぎの国みたいなモデル・ハウスに、それぞれの国のたくさんの花をかざっているのだ。
どこかに、なにかおこれば、このたくさんの人たちの歩きかたが、どこかで調子をみだして、あっというまに、そう、列をつくっているアリをおどかしたみたいに、めちゃめちゃになるはずだ。とにかく、みたところ、まだ、なにごともおこっていないし、おこりつつあるようすもない。
「ちぇっ」
ついにマコトもいった。
モノレールが、ゆっくりと、森の中からでてきた。いつのまにか子どもたちは、みんなホームにあがっていた。階段の下にほかのお客さんが、つぎにのろうとおもって、ならんでいた。
「きっと、だれかのいたずらさ」
カズトがいった。
「はやってるんだってさ。しらない人のところへ電話かけて、へんなこというの、宣伝だってさ」
「せんでん?」
「だって、そうだろ。へんだっておもわせれば、くるじゃないか、ぼくたちみたいにさ。わりといいPRだよな」
「でも……」
ガーデン・パークの入場料はおとなが百円で、子どもが五十円だ。モノレールが三十円と十五円で、のりものの国ののりものが、一人百円ぐらい、ママたちは、のりもの全部になんかけっしてのせてくれない。百円の回数券を一回買ってくれるだけだからだ。あんなへんな電話をかけて、PRしたって、しなくたって、そんなにとくするはずがない。
それに、もし、そうやってきたお客さんたちなら、あんなにぼーっとつったって、モノレールをまっているだろうか。
マコトはそうおもった。
「せっかくきたんだからさ、ついでにあそんでいこうよ。大西部へいこうよ」
「よし、じゃ、こっちからいこう」
マコトは、まだ疑問をすてたわけではない。とにかく、パークの中をひととおりまわってみるつもりで、花時計の左手の、ひろい石段にむかった。
子どもたちをのせたモノレールは、しずかにうごきはじめた。
バラ園のバラは、まだつぼみばかりだった。かたいつぼみが、つやつやしたまるい葉っぱの上に、宮殿の鉄柵のあたまみたいに空にむかってならんでいた。
ところどころにおいてあるベンチも、まっしろにぬりかえられていたが、こしかけている人はいなかった。
だーれもいないバラ園をぬけると、プールだった。
「あ」
とつぜん、カズトがしゃがみこんだ。
「なんだ」
カズトがひろったものをみたマコトは、もう一度いった。
「なーんだ」
「かわいそうに」
それは、きっと、このバラ園で一番さきにさくつもりだったにちがいないピンク色のバラのつぼみだった。しっかりまいた花びらの外側は濃いピンク色にそまっていた。だれかがとって、すてたのだ。
「五十番目ぐらいにさけばいいのにさ。ほら、さけ」
カズトがバラを、プールの中になげこんだ。
“こんどは二番めがやられる番だ”
みていたマコトは、なんとなくそうおもった。
そして、ふたりは、アメリカの家をぬけて、フランスの家、スイスの家、ドイツの家、イタリアの家と順番にまわって、のりものの国にやってきた。
「うわァすごいなァ」
ふたりは大げさにいった。
「だめだよ、とても」
コースターも、ゴンドラも、ゴーカートも、のりものというのりものは、幼稚園の子どもと、そのママたちとりまかれていたのだ。
「いいよ、なら、大西部へいこうよ。あそこでライフルうとうよ。もういいだろ。べつに、なんにもなかったもの」
カズトにいわれなくても、マコトもそうおもった。アメリカの家、フランスの家、どのモデル・ハウスも、はいってみると、花だらけのただの温室だったのだ。植木鉢が、やたら、たくさんならんでいただけだった。
「ぼくはここだ。きみは?」
ふたりは、ライフルにタマをこめると、ならんでたった。
ベルトの上を電気でうごくインデアンや、もうじゅうの人形を、おもちゃのライフルでねらいうちするゲームだ。
マコトも、カズトも、片目をつぶって、ゆっくりとうごいてくる人形にねらいをつけていた。
「うつぞ!」
「……うて」
マコトがとんまな声でいった。
「ばっか、そんなこというからいっちゃったじゃないか」
「エヘヘヘ」
インデアンが両手をあげたまま、ベルトのうらにかくれていった。ねらってみると、ベルトのうごきかたは、おもったより早かった。
「よーし、あいつを一ぱつでたおしてやるぞ」
カズトはライフルをおろして、インデアンが、またでてくるのをまつつもりだ。
「じゃ、ぼくはあれだ」
マコトがちょうどまんなかあたりにきたトラに銃口をむけた。
インデアンがことりと、ベルトの右のはじにでてきた。
「きたな」
カズトかいうのがきこえた。
マコトはまばたきもしないで、トラが、まっ正面にくるのをまっていた。かぞえるように、ねらいながら。
“まだだ、まだだ、まだだ”
“いまだ!”
「あれっ」
バーン、トラがばったりとたおれるのをみながら、うったマコトも、うたなかったカズトとおなじように、“あれっとおもった”とおもった。
ふたりは顔をみあわせた。
「いま……」
「――ん」
ふたりはベルトの上の人形が、いっしゅんとまったような、でなければ、うすっぺらな板の、――カズトはインデアンの目に、マコトはトラの目に、反対にじっとみられた感じがした。
「……とまったんだよな」
「がたがきてるんじゃないのか」
射的場の横にすわっていた女の人が、じろりとふたりをみた。
「コースターのせいかもしれないよ。だっておなじ電気でうごいているんだろ、このベルト」
マコトは小さい声で、カズトにいった。
「電圧のせいだよ」
「りょうかい」
ふたりはまた、ライフルをかまえた。
「チャンスをねらってやるぞ」
コースターのすごい歓声がきこえた。
でも、ベルトの上のインデアンも、トラもゾウも、ライオンも、もうチャンスをみせなかった。
外のゴンドラのまえで、さわぎがおこったのは、ふたりが最後のタマをこめて、ライフルをかまえようとしたときだった。
――3――
「ユミがいないのよ。ここにのってたユミが。ちょっとゴンドラをとめてください」
ふたりはとんでいった。
すべてののりものは、みんなとまっていた。
のっていたたくさんの子どもや、ママたちは、さけんでいた。
「どうしたの、ちょっと、はやくおろしてちょうだいよ」
「とめちゃ、だめー」
きっぷ売場の女の人が、ガーデン・パークの事務所のほうへ、ひとり走っていった。
ゴンドラの係りのおじさんが、下におりてきた赤いほろのついたゴンドラを指さし、どこのかのママとはなしていた。
「たしかに、おじょうさんは、ここにのったんですね」
「ええ、たしかですとも、ほらこのぼうし、これがユミのです」
ママは、手ににぎっていた白いぼうしをふりふりいっていた。
「ゴンドラのてっぺんにいったとき、もしとばしたりするとこまるって、ユミがのるとき、あたしにわたしていったんですよ」
「ひとりでのったんですか」
「ええ、ひとりですよ! ママものりましょうかっていったら、こんどはひとりでのるって。ひとりでのったってかまわないでしょ」
「それはそうだけど、おかしいな」
おじさんは、一ぺんになるべくひとりでもおおくのせたほうがいいので、そんなことしただろうかとふとおもった。それを、ぶっとばすようにママがどなった。
「あなた、こんなにみんな列をつくってまっているのに、からっぽでうごいてるゴンドラがあるはずないじゃない! だれだってすこしでもはやくのりたがってるのよ。ねえ」
ママは、まわりにいたほかのママたちにさんせいをもとめた。
でも、どのママも、返事をしなかった。みんなじぶんの子どもがのっているゴンドラばかりみていたのだ。
パークの事務所の男の人がふたりかけてきた。
おじさんとママは、ふたりの男の人にもう一ぺんおなじことをくりかえしてしゃべりはじめた。
「こんなにこんでるのに、ひとりでのりたいなんてわがまま、ゆるすからよ」
「ほんと」
そうつぶやいているママもあった。
「とにかく、一度、みんなにおりてもらってしらべよう。ほかののりものはそのままうごかして!」
男の人がさしずをはじめた。ママたちはどっとゴンドラのそばにちかよった。
ゴンドラにのった女の子が、とつぜん消えてしまった!
「マイナス・7プランだ!」
「ほんとか?」
マコトとカズトは、人がきからすこしはなれて、ゴンドラのてっぺんまで、直径二十メートルのまるごとみえる位置に、ならんで立った。
ゴンドラは、スイッチがいれられて、ゆっくりうごきはじめた。それにつれて、ユミちゃんという女の子がのっていたはずの、赤いほろのゴンドラは、ゆらゆらと地面をはなれていった。かわりに、水色のゴンドラが、おりてきて、また、きいろのゴンドラがおりてきて、ママたちにとりまかれた。
「一人二人三人……四人ものってるよ」
カズトがいった。
“八……九……十”
赤いゴンドラは、時計でいえば十時のあたりまでのぼっていった。
“底しかみえなくなる”
マコトはおりてきた子どもたちと、そのママたちのさわぎから、たったひとりはなれて、なお、からのゴンドラをみつめていた。
五メートル、十メートル………
ゴンドラのうごきにつれて、マコトはうしろにさがった。
「まあ」
赤ちゃんをだいていた人にぶつかった。
“だめだ”
二十メートルものぼるゴンドラの中がみえるところなんて、コースターののり場にでもあがらなければ、とってもむりだった。
十二時のところまでのぼったゴンドラは、それでも、また中がみえはじめた。
「一時……二時……三、あっ」
まぶしくて目が痛くなるのをがまんしてみていたマコトが、おもわずさけんだ。
「のっている!」
「ママ、マーマッ!」
女の子が立って、大きな口をあけてなきだした。
「まあ、ユミちゃん、そこにのっていたのユミちゃん、ユミ。ママ、しらなかったもんだから……」
ユミちゃんのママは、四時のところまでおりてきたユミちゃんに、めちゃくちゃに手をふってかけよった。
「いたんですか」
男の人がいった。
「ええ、ええ、ええ。すいません。あたしのみまちがえでしたわ。あわてものね。ちゃんとあそこにのっていたわ。ごめんなさい」
こんなことって、あるだろうか。みまちがえでもなんでもない。たしかに、あの赤いほろのついたゴンドラは、からっぽだった。すくなくとも九時のところまでは。これははっきり、マコトがみていた。
それが、三時になったときは、からっぽでなくなっていた。
ユミという女の子は、一つのゴンドラの中から一度は消えて、いなくなっていたのだ。さわぎのおこるすこしまえ――つまり、ひとりでのったとちゅうからいままで――十何分かのみじかい時間だった。けれどもこれが事実だ。
「あのユミっていう女の子に、きいてみようよ」
「なんて……」
「きみ、さっきどうしたの、どこにいっていたのって」
カズトはまだ、信じられないような顔つきをしていた。
赤いほろのついたゴンドラは、一つしかないわけではない。が、
「ぜったいだよ」
マコトは、ママにだかれたユミという女の子をみつめていた。
「ほら、もうなくのやめなさい。おにいちゃんがみてる。わらわれるわよ」
ユミちゃんのママが、ふたりを指さしていった。
すると、目をこすりこすり、こっちをちらっとみた女の子が、
「いやっ」
ふたりをみると、まえよりももっと大きな声でなきだして、ママにしがみついた。
「おにいちゃんが、あの、おにいちゃんが、ユミをつれていっちゃう」
女の子は、ほんとにおびえていた。
「いこう、カズト、はやくこいよ」
マコトは、カズトの手をひっぱると、森のほうへかけだした。
「ぼくたちは、ほんとに人さらいなのかもしれないぞ。マイナス・7プランっていうのは、あの女の子をゴンドラの中からさらう指令だったんだ」
マコトはぜったいだとおもった。
USGは、たしかに、あの女の子をさらうつもりだったのだ。だが失敗した。
「電話はまちがって、ぼくのところにかかってきたんだよ。だから、ほんもののUSGのなかまは、きょうの計画をしらなかったんだ」
「………」
「USG、Uは、ユナイテッド、Sはステート、Gは、その組織のイニシアルだよ。な」
「………」
「きっと、ものすごく大きな、ひみつの組織だぞ」
マコトは、ひとりでしゃべっていた。
てっぺんにあがったゴンドラの中から、女の子をけしてしまうことができる、そんな組織が、
「ニッポンにあるのかな。ないとおもうな、きっと、外国の資本のはいった組織なんだ。国際的な組織だよ。だってそうだろ」
「………」
のりものの国は満員だったのだ。そのたくさんの人がいる空の上から、ふわっと女の子をさらって、またかえすなんて。
「みえないのりもので、空をとんでこないかぎり、できないものな」
「………」
なん百人もの視線と、太陽の光をすりぬけてやってこなければ……。
「あるとすれば、目にもとまらない……そうだ、ウラシマ・タロウののった船だ!」
なぜなら、みるということは、そのものから反射する光を、目の玉が、カメラのレンズのように、キャッチして、みとめることだから。
「目にもとまらぬはやわざだってさあ、びゅー、びゅーうっ」
マコトはカズトの目のまえで、忍者が十方しゅりけんをなげるまねをした。
「な、みえるだろ」
それが、女の子が、ゴンドラにかえってきたとき、あんなに大きな目をあけてみていたマコトも、そのほかのだれも、空をよこぎるものの、感じさえもうけなかったのだ。
“空をはしるヨット……”
そんなものをもった組織は、いくら国際級でも、ありはしない。
「そうかあ……これで、電話のなぞもわかってきたぞ。電話の回線を、自由に利用できる宇宙的組織……」
きいていたカズトが、にやっとわらった。
「ねえ、あの女の子に、きいてみようよ。もういちどいこうよ。こんなとこにいたってしょうがないよ」
マコトがいった。
「いくよ」
マコトはかけだした。
だが、十メートルもいかないうちに、
「どうしたんだよ」
いっしょにかけてこないカズトに気がついた。
「なにしてんだよォ」
ふりかえったマコトは、おやっとおもった。
カズトがまるでべつな人のようにマコトをみているのだ。そして、いった。
「――いくらいそいでもむだだよ。子どもたちはモノレールにのって、もう、ガーデン・パークの外にまっているバスで、家にかえるところだもん」
「………」
マコトがなにかいおうとおもっていると、カズトが、あっと、頭に手をのせていった。
「しまった。ぼく大西部にぼうしをわすれてきた。さきにいっててくれよ。あとからすぐいくから」
「ん、じゃいくよ」
こたえて――マコトは気がついた。
“ぼうし? ぼうしなんてあいつ……かぶってこなかったじゃないか。ママにいわれたのに、ふりむきもしないでとびだしてきたんだ”
「おーいカズト、カズト」
ところが、カズトは、まるでマコトの声がきこえないみたいに、大西部のほうにあるいていった。
閉園をつげるチャイムがそのときなりだした。
「カズトォ、カ・ズ・トォー」
大西部はこのチャイムの三十分もまえにしまるはずだ。なんべんもきたことのあるカズトが、それをしらないはずはない。マコトはぼうぜんとして、すたすたあるいていくカズトの背中をみていた。
“ぼうしをさがしにいった少年。じょうはつ? ガーデン・パーク、徹夜で少年を捜索”
行方不明になったカズトは、夕刊にこう報道された。
最後の目撃者になったマコトは、もちろん、いろんなことをきかれた。
“どうして、ガーデン・パークへいったの?”
“なにか、かわったことはなかった?”
マコトは消されかかったユミちゃんの話をした。USGの電話のことも。
けれど、
“そうじゃないんだ。かわったことっていうのはね、カズトくんがいつもとちがったことをいったり、したりしなかったかっていうことだよ。つまりねえ”
「そういえば……」
カズトはおかしなことをいった。いってみもしないのに、きゅうに、“もう子どもたちはバスにのってしまった”なんていったし、そうだ、それまで、マコトがいくらUSGのことをしゃべっても、カズトはろくに口もきかなかった。
いつものカズトなら――すくなくとも、いっしょにのりものの国へくるまでのカズトなら、あんなはずはない。マコトよりも、もっと、おもしろがって、いろんなことをいうはずだった。
ねらわれたのは、ユミちゃんという女の子じゃあない。カズトだったんだ。マコトに、カズトをさそいださせて、マイナス・7プランは成功したのだ。
かえってきたユミちゃんは、ふたりをみて“いや”とおびえた。あれは、ふたりをみてこわがったんじゃあない。カズトをみて、おどろいたのだ。たぶん、空をはしるヨットの中で、カズトそっくりのロボットをみたのだ。ねらっているカズトと、すりかえるために、もうひとりのカズトが用意されていたのだ。ユミちゃんの事件はおとりだ。
“いいかい、もっときもちをおちつけて。あのね。きみの夢みたいなお話をきいているんじゃないんだよ”
みんなはいった。マコトは口をとじた。
“じゃ、おまえたちで、かってにさがせ。みつかるもんか。カズト……どこへいっちゃったんだ、いったいいつ、ロボットにすりかえられちゃったんだ。ぼくたちはずーっといっしょにいたじゃないか。きみをさそったりしなければよかった”
いくら考えても、ついにそうおもうだけだった。
マコトはずっとカズトといっしょにいたつもりだった。けれど、カズトがたったひとり、だれにも注意されずにいた時間があったのに、マコトは気がつかなかった。
たくさんのママたちが、ゴンドラにのっているじぶんの子どもたちばかりみていたように、マコトも、カズトのことをぜんぜん気にしていなかった時間があった。
それは、マコトが、カズトとふたり、からっぽの赤いゴンドラから、じっと目をはなさずにいた、あの時ではなかったか。
(以下続く)